優しい弱い卑怯

すべてをぶちこむ!

結局

‪多様性が認められる社会であってほしいと思うのに‬
‪どうしてわたしは人を判断したがってしまうのかな‬

 

会って10秒で

「この人苦手だわ」

とか

責任感のかけらもない謎の判断をしてしまうのは何故だろう

 

これは差別につながる区別じゃないんだろうか

 

自分にひとの話を聞く気力がないからって

こうやって世界を狭めていったら

結局は自分を生きづらくするだけだとわかってるのに

 

自分を変える決断はしないまま無責任で一方的な判断ばかりだよ

働くこと

仕事は楽しい

 

①お金がもらえるから

②頑張ったことが評価されるから

③不特定多数に役立っていると感じられるから

 

中学生の頃

誰かの特別になれない自分が不安で専業主婦になりたかった

専業主婦になるということは私にとって愛し愛されることのように思えた

 資本主義に揉まれることなく生きていけるなんて愛でしかないと思った

 

けれどもいざ働いてみるとまるっきり意識は変わった

朝起きるのはつらいけど

自分が何者か分かり始めている気がするのは幸せだ 

 

クリスマスイブ

‪雨が降ってる‬
‪最高だ‬
‪私は私を一生好きになれないし‬
‪私を好きと言ってくれる人を一生信じられないと思う‬
‪不幸せだな‬

 

23歳の私から幸せを曲解しようと頑張る未来の私へ

寂しさ

なんとなく寂しくて

 

とりあえずいま持っていないものを手に入れたらどうにかなるんじゃないかと思うし

実際手に入れてみないことにはわからないけど

 

期待通りになることはほとんどないし

手に入れてもきっと寂しいんだろうなあ

 

と思って悲しくなる

 

 

勝手に想像する前に行動しろよ

と誰か叱咤激励してくれ

なくなるということ

曽祖母が亡くなった

103歳だった。

 

 

去年のはじめまではとても元気で一人暮らしをしていたけど

確実に身体が老いていっているのも感じていたし

夏に急に体調を崩してしまったときも悲しくはあったけど冷静に受け止められた。

亡くなったときも、「いままで色んなものを分けてくれてありがとう。お疲れ様でした。」

という気持ちだった。

 

死ぬということが実感できたのは曽祖母が火葬され、骨になったときだった。

エジプトの人たちが器である身体を取っておこうとした気持ちがわかった。

もう戻ってこないのだ、と思った。

 

 

西の魔女が死んだ』のなかで

魂は旅をするけど、魂は身体に入ってしか成長できない。だから魂は身体に入って生きるということが大切なのだ。という話があった。

 

曽祖母の魂は曽祖母の身体でものすごく成長したと思う。

花粉の気配

今日は急に生暖かい

 

我が強敵、花粉の気配を感じる

 

毎年鼻水と涙でぐしゃぐしゃになるけれど

 なんとかならないものだろうか

 

花粉症になったのなんて6年くらい前だと思うし

つい最近なのに

もうこんなにも慣れてしまっている

 

慣れてしまったからどうにかしようと思わないのか

大したことないからどうにかしようと思わないのか

どっちなんだろう

マイルール

お題「マイルール」

くだらないマイルールですが

わたしは家を出るとき雨が降っていなければ傘を持っていきません

折り畳み傘も

 

荷物になるのがどうしても嫌で

いろんなものを省いていってしまう

 

おかげで今日もびしょ濡れです